『恋の連立方程式』前編 一雨SS 一雨SS 2009年06月21日 恋の連立方程式 前編 「・・・・・だと、黒崎は絶食系に分類されるの?」 「ああ・・・あれは女に興味ありませんてポーズじゃないね。ホントに興味なさそうだよ」 「健全じゃないよそれは・・・・・・・」 クラスの女子の会話の中に黒崎の名前が出て、つい耳をそばだてた。 「井上織姫級が側にいて意識してる感じしないもんね」 「勃たないとか?」 「あの強面で?引くわ。でもさ、絶食男子てその内男色系に走りそうじゃない?」 「うわ!そっち?したら小島とか食われちゃいそうじゃん?」 「違う違う。小島は猛禽類っしょ。ヤられるとしたら浅野か石田だよ」 え??僕?? て言うか、話が見えない。 て言うか、その石田はすぐ近くの席にいるんだけど。会話丸々聞こえてんだけど。 「男色系に走った途端、肉食系に変わったりしてね」 「黒崎取扱い危険伝説に項目が増えるよ」 「じゃあ餌食系男子は石田で。ビジュアル的に」 「ビジュアルって言えばこないだ池袋・・・・・・・・今の内にトイレ行く」 「あー、行くしかないっしょ」 え?今の会話、どう成り立ってたの?話の途中じゃなかった? 「女子の着眼点てなかなか鋭いね」 「うわっ!!」 急に耳の後で声がしたと思ったら、こ、小島くん?? 「着眼点?」 「あれ、今の女子の会話聞いてたんでしょ?」 聞いてたけど、どこの国の言葉か分らなかったよ。 「黒崎の話をしてたらしいのは辛うじて理解したけど・・・・・・」 「ふうん。ねえ石田くん、今日一護と二人だけで試験勉強するって本当?」 「ああ、そうだけど・・・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・そ。まあ何にでも初めてはあるから、頑張って」 小島くん?初めてって何?妙な間は何? 昨日からの井上さんの気の毒そうな視線に、問い返す度胸がつかないまま今に至る。 確かに黒崎には何か、不穏なものは時々感じるが。 今朝は茶渡くんにも・・・・・・・ 「昨日は試験勉強、はかどったか?」 「うん。でも黒崎が少し心もとないので、今日もマンツーマンで僕が教える事に・・・・・」 「え?二人きりでか?」 「・・・・・・??何?」 と、彼にまで井上さんと同じ霊圧で心配されてしまった。 みんなの言葉やリアクションを総合すると、どうやら黒崎一護は僕に話があるみたいだ。あるいは僕と何かをしたいらしいが、何かというのがハッキリしない。 皆から心配されてる所を見ると、僕にとっては迷惑な事なのか・・・・・・いや、厳密に言えばそれも微妙だ。僕に何かをしようとしている黒崎を、誰も止める素振りを見せないのもおかしい。 黒崎は一体、僕と二人きりになって何がしたいんだ? 「よう、石田。今日の予定だけど・・・・・・・」 黒崎が僕に話し掛けてくる。 特におかしな様子はない。普通に仲の良いクラスメートといった感じだ。 「勉強すんの、お前ん家でいいか?」 「え?今日は図書館が開いてるけど?」 「昨日・・・・・・・・外だと何か落ち着かなかったし」 まあ、確かにそれはそうだったけど・・・・・・でもあれはファミレスだからじゃないかな? 「図書館だと閉館時間があっから気になるし。お前ん家、駄目なのか?」 「駄目・・・・・・じゃないけど、帰りにスーパー寄ってもいい?」 「おお。今日・・・・飯、食ってっていいか?金は俺が払うから・・・・・・・」 「え!?」 夕飯食べてくつもりか? 「でも、家の人には・・・・・・」 「いらねーかもとは言ってある。石田の返答次第」 「家で食べたら?」 「何だよいいだろ?勉強する時間少しでも延ばしたいんだよ」 僕の返答次第の割りには強引じゃないか。 でも食費が少し浮く・・・・・卵、買いたい。後、ちょっとだけ値の張る白味噌も・・・・・・・・出来たら乾燥ひじきと味醂と牛乳も。普段なかなか買い足せない食料品の補充が出来ると思うと誘惑は大きい。 「何でも買っていいのか?」 「おお、いいぞ。てこたOKだな?」 「し、仕方ないな。何が食べたい?僕のレパートリーにあるものなら何でも作るよ?スポンサーの意向に沿うようにす・・・・・・・」 「え?買い弁じゃなくて、石田が作るのか?」 あ・・・・・・何だ、そういう意味。 「お弁当の方がいいならそれでも・・・・・」 「いや!食う!石田の手作り食いてえ!!」 ちょ!分った!分ったよ!作るから・・・・・・・・近い黒崎離れろ!! そんなに興奮するほどの事でもないだろ?好きな娘の手料理ならともかく・・・・・・・・・・あれ? 井上さんの手料理、嬉しいけど嬉しくないかも。 「俺、肉食いたい!ハンバーグとか、生姜焼きとか!作れるか?!」 「問題ないよ。でもどっちかにしろ」 「じゃあ生姜焼き!うち洋食多いから、和食食いてえ!」 「いいよ。今日のタイムサービスは丁度豚肉だし」 ・・・・・・・・・今、ギャラリーの霊圧が更に同情を深めた気がした。 何かあるなら教えてくれればいいのに、どうしてみんなハッキリと口にしてはくれないのだろうか。何故、無言で見守るだけなのか。 しかし僕からは強く訊けないニュアンスを感じる。 目の前で喜ぶ黒崎を尻目に、後で一番遠慮なく言いたい事をポンポン言える、本人自身に問い質して不可解を解する事にしよう。と思った。 中編に続く→ [2回]PR
『恋の加速度』一雨SS 一雨SS 2009年06月21日 恋の加速度 井上さんといると、いつもの事だが衆目を集める。 取り分け男の視線は熱い。一緒にいる僕には羨望と嫉妬が突き刺さる。 しかし井上さんは全く意に介さず、決して少なくはないそれらに気付きもしない。 いや、井上さんは少し・・・・・・・・・天然な所があるから。致し方無いだろう、うん。 けれども。 黒崎。 君は何だ? 井上さんから篭められるあからさまな好意に、未だ気付かずにいられるその無神経さ。 君の目の節穴は、僕の理解の範疇をとっくに超えている。圏外だ。 霊圧からも見え見えなのに、どうして気付かない?気付いてあげられないんだ・・・・・。 「・・・・んだよ?石田」 「・・・・・・・・・・・・別に」 「別にってこたねーだろ?今、俺を見てただろうが・・・・・・何かあんなら言えよ?」 だからどうして井上さんの視線には全く気付かない奴が、僕がチラとでも見ただけで気付くんだ。 その洞察力を僕じゃなく井上さんに向けたらどうだ。 「え、えっと。あ!ほら、これ!ドリンクバーで究極の飲み物を開発したよ?一口飲んでみる?」 井上さんが間に入ってくれたが、正直返答に困る。 「いや!俺のはあるから!今、死ぬほどコーラ飲みたい気分だから!」 黒崎が保身に走った。 「石田くんは?どう?」 小首を傾げて訊ねてくる。愛くるしいとは彼女の為にある言葉だと思う。 「僕もコーヒーだけで充分だよ」 思うが、僕もまた保身に走る。ごめん、井上さん。 大体何でこの三人が、ファミレスでドリンクを片手に試験勉強なんかしてるんだ? 確か最初は教室で井上さんが・・・・・・・・。 「どうしよう。休んでた間の範囲が来週のテストに間に合わないかも知れない・・・・・石田くんはどう?何処まで出来てる?」 「僕は・・・・・取り敢えず1年で習うものは大体出来てるから、範囲をさらっと流せば・・・・・・・・」 「え?じゃ、何も心配ないんだね?す、凄いね!」 「そんな事・・・・・・・・・・・」 「じゃあ、数学と物理、教えてもらえないかなあ?今日うちに来ない?」 「う、うち!?」 「?うん。もうかなり切羽詰ってるんだぁ・・・・・・あ、忙しいかな?」 「部活が休みだからそうでもないけど・・・・・・・・・」 「良かった!じゃ一緒に勉強しよっか?あ違う。あたしが一方的に教えてもらうのでした!」 天真爛漫な姿に、男としてかなり焦った事は黙っておこう。 「俺にも・・・・・・・教えてくれよ?」 さっきから気付いていたが無視していた霊圧が、ようやく声をかけてきた。 条件は一緒のはずだから、当然黒崎も相当土壇場なのだろう。 「え?黒崎くん?そ、そうだよね?黒崎くんも一緒にしよっか?いい?石田くん?」 「僕は構わないよ」 「そしたら、茶渡くんも呼んでみようか?」 茶渡くんは生憎バイトがあるとかで来れなかったが(余裕だな茶渡くん)、一人暮らしの女の子の部屋に男が二人も押しかけるのは不味いだろうという事で、ファミレスに・・・・・・図書館の方が良かったけど、今日は休みだし。 まあ何かそんな流れだったと思う。 「石田、ここ、合ってるか?」 「どれ?・・・・・・・・・・・うん、それでいいよ。あ、でもこっちの式は・・・・・」 「え?どこだ?」 「ここは a、b、c の3文字のままでは処理が煩雑になる。そこで、通る2点の座標を代入して、b、c を a で表す事から始めるんだ・・・・・・・・・」 黒崎が素直に僕の説明を聞いている。自分の状況を理解してるらしい。 井上さんは本人が危惧するほどヤバい段階ではないみたいだ。 しかし黒崎の方は・・・・・・いつも通りの順位をキープしたいなら、少し不味いかも知れない。 「・・・・・と、これでいいか?」 「・・・・・・・・・・・・・正解。それとこっちの問題はグラフを描くと解りやすいよ。」 「分った」 「ねえ石田くん・・・・・・・これは?」 「あ、それはね・・・・・・」 ・・・・・・・・・・これって結局、僕が一人で二人の勉強をみてる事になるな。 考えてみたら、誰かと試験勉強するなんて初めてだ。人に物を教えるのって、思ってたより楽しいかも・・・・・・。 「あっ!」 「え?何?井上さん」 「今の女の子、写メ撮ってたよ?」 写メ? 「井上さんを撮ってたの?」 「ううん」 井上さんが首を振る。 「じゃあ黒崎?」 度胸のある娘だな。 「違うよ?石田くんを撮ってたんだよ?」 僕っ!? ポキッ・・・・・・。 隣の黒崎からシャーペンの芯が折れるような音が聴こえたがそれはどうでもいい。 「なな、何で??」 「ほら、石田くん前に眼鏡雑誌のモデルをした事あったでしょ?結構近隣の学校じゃ知られてるみたいだよ・・・・・あれ?石田くんは知らなかったの?」 「初耳だよ・・・・・・・」 「今流行りの眼鏡男子っていうの?イッシダくん人気者~♪」 「い、井上さん!僕の眼鏡でときめく女子なんていないから!」 「そんな事ないよ~~。少なくとも石田くんの眼鏡にときめいてる男子はいるよ?」 バキッッ!! 僕の驚きを代弁するかのように、黒崎のシャープペンシルが大破した。 いや、驚いたのに、微妙に驚きそこなった気がしないでもない。何で黒崎が動揺する? 「ええと、冗談だよね?」 「え?冗談なんかじゃないよ?他校の3年生だったけど・・・・・・ルックスはかなりカッコ良かった。あの制服は確かN高校じゃなかったかな?」 うちよりずっと偏差値の高い進学校だ。 「あたし、その人に学校の帰りに呼び止められて・・・・・・」 「それは普通に井上さんが好きで呼び止めたんじゃ?」 「違う違う。その人の霊圧は一度もあたしに向かなかったもん。それでね、石田くんの話をする時、霊圧が優しくなるの。あれは相当、惚れてるね!」 井上さん・・・・・嬉々として語ってくれてるけど、嬉しくないから。むしろ引くから。 「そいつ、名前は?」 ・・・・・・・待て!何で君が誰何する黒崎?それは僕の台詞だろう!?・・・・・て言うか!! 「ええ?名前?何ていったかなぁ・・・・・・・」 「いや!井上さん!思い出さなくていいよ!知らないままで終わりたいから!!」 「後で思い出しといてくれ、井上」 「ちょっ!黒崎には関係無いだろ!?」 「関係ねーけど・・・・・・心配なんだよ。お前って結構ボサッとしてっから」 「ボサッと?何だそれは!?君に心配される謂れは無いし?いやそれより、名前を知ってどうすんだ?!」 「脅しとく」 「脅・・・・・・は?何故?井上さんの口に上っただけの人物なのに?まだ何事も起こってないのに?君・・・・・頭がおかしいんじゃないのか?」 「何かあってからじゃ遅いだろ」 黒崎の言葉の意味を理解するのに20秒考えたが徒労に終わった。 そして聞きたくなかったけど嫌だったけど聞いた。 「何かって何だ?」 「襲われたりとか?」 聞いてやっぱり後悔した。 「好き=襲われるというのが分らない。だったら世の男はみんな強姦魔か?女性はみんな被害者か?君も好きな女の子が出来たら襲うのか?」 「・・・・・・・自信はねぇ。」 二の句が継げなかった。本当にどうしたんだ?黒崎・・・・・・・・。 「黒崎くん、好きな人いるんだ?」 井上さんの言葉にはっとした。 彼女の霊圧からは何も測れないが、内心は言葉ほど穏やかではないはずだ。 「好きな奴?まだ分らない・・・・・・・」 それはいると取っても差し支えないのでは? しかしこれは井上さんにも僕にも精神衛生上よろしくないので、話を無理矢理ぶった切った。 「待て!ここへは試験勉強をしにきたんだろう?井上さんはともかく、黒崎、君は著しくヤバい。無駄話してないで、寸暇を惜しんで勉強しろ!」 「俺もそう思ってた所だ。だから明日も教えてくんねえか?」 「何が 『だから』 だ?!どう 『だから』 なんだ!?」 「頼む。マジ、成績落としたくないんだ。石田・・・・・・駄目か?」 確かに黒崎の今の状態は芳しくない。恐らく50番以内に引っ掛かるかどうかって感じだ。 しかし『だから』と言って、何故僕が黒崎の為に時間を割かねばならな・・・・・。 「じゃあ・・・・あたしで良かったら教えようか?黒崎く・・・・」 「いいだろう!教えようじゃないか黒崎一護!」 ほんの何分か前に「好きな子を襲うのか?」と聞かれ「自信が無い」と答えた男だぞ!? こんなのと二人きりになる気かい?井上さん!!もっと自分を大事にしようよ!! しかし何故か心配そうな顔を、彼女に向けられる。 「石田くん・・・・・大丈夫?黒崎くんの言ってる意味、分かってる?」 意味?勉強を教える以外に何かあるの?ないと思うけど・・・・・・・・・。 不安そうに揺れる彼女の瞳を見てると、僕も不安を煽られる。 「なあ、さっきの問題、これでいいのか?」 井上さんの言葉の意味を問い質す前に、黒崎の無遠慮な声が遮り、結局続きは聞けずじまいに終わった。 僕は翌日、それを大いに後悔する事になる。 ◇◆『恋の連立方程式』へ続く→ [4回]