『恋の加速度』一雨SS 一雨SS 2009年06月21日 恋の加速度 井上さんといると、いつもの事だが衆目を集める。 取り分け男の視線は熱い。一緒にいる僕には羨望と嫉妬が突き刺さる。 しかし井上さんは全く意に介さず、決して少なくはないそれらに気付きもしない。 いや、井上さんは少し・・・・・・・・・天然な所があるから。致し方無いだろう、うん。 けれども。 黒崎。 君は何だ? 井上さんから篭められるあからさまな好意に、未だ気付かずにいられるその無神経さ。 君の目の節穴は、僕の理解の範疇をとっくに超えている。圏外だ。 霊圧からも見え見えなのに、どうして気付かない?気付いてあげられないんだ・・・・・。 「・・・・んだよ?石田」 「・・・・・・・・・・・・別に」 「別にってこたねーだろ?今、俺を見てただろうが・・・・・・何かあんなら言えよ?」 だからどうして井上さんの視線には全く気付かない奴が、僕がチラとでも見ただけで気付くんだ。 その洞察力を僕じゃなく井上さんに向けたらどうだ。 「え、えっと。あ!ほら、これ!ドリンクバーで究極の飲み物を開発したよ?一口飲んでみる?」 井上さんが間に入ってくれたが、正直返答に困る。 「いや!俺のはあるから!今、死ぬほどコーラ飲みたい気分だから!」 黒崎が保身に走った。 「石田くんは?どう?」 小首を傾げて訊ねてくる。愛くるしいとは彼女の為にある言葉だと思う。 「僕もコーヒーだけで充分だよ」 思うが、僕もまた保身に走る。ごめん、井上さん。 大体何でこの三人が、ファミレスでドリンクを片手に試験勉強なんかしてるんだ? 確か最初は教室で井上さんが・・・・・・・・。 「どうしよう。休んでた間の範囲が来週のテストに間に合わないかも知れない・・・・・石田くんはどう?何処まで出来てる?」 「僕は・・・・・取り敢えず1年で習うものは大体出来てるから、範囲をさらっと流せば・・・・・・・・」 「え?じゃ、何も心配ないんだね?す、凄いね!」 「そんな事・・・・・・・・・・・」 「じゃあ、数学と物理、教えてもらえないかなあ?今日うちに来ない?」 「う、うち!?」 「?うん。もうかなり切羽詰ってるんだぁ・・・・・・あ、忙しいかな?」 「部活が休みだからそうでもないけど・・・・・・・・・」 「良かった!じゃ一緒に勉強しよっか?あ違う。あたしが一方的に教えてもらうのでした!」 天真爛漫な姿に、男としてかなり焦った事は黙っておこう。 「俺にも・・・・・・・教えてくれよ?」 さっきから気付いていたが無視していた霊圧が、ようやく声をかけてきた。 条件は一緒のはずだから、当然黒崎も相当土壇場なのだろう。 「え?黒崎くん?そ、そうだよね?黒崎くんも一緒にしよっか?いい?石田くん?」 「僕は構わないよ」 「そしたら、茶渡くんも呼んでみようか?」 茶渡くんは生憎バイトがあるとかで来れなかったが(余裕だな茶渡くん)、一人暮らしの女の子の部屋に男が二人も押しかけるのは不味いだろうという事で、ファミレスに・・・・・・図書館の方が良かったけど、今日は休みだし。 まあ何かそんな流れだったと思う。 「石田、ここ、合ってるか?」 「どれ?・・・・・・・・・・・うん、それでいいよ。あ、でもこっちの式は・・・・・」 「え?どこだ?」 「ここは a、b、c の3文字のままでは処理が煩雑になる。そこで、通る2点の座標を代入して、b、c を a で表す事から始めるんだ・・・・・・・・・」 黒崎が素直に僕の説明を聞いている。自分の状況を理解してるらしい。 井上さんは本人が危惧するほどヤバい段階ではないみたいだ。 しかし黒崎の方は・・・・・・いつも通りの順位をキープしたいなら、少し不味いかも知れない。 「・・・・・と、これでいいか?」 「・・・・・・・・・・・・・正解。それとこっちの問題はグラフを描くと解りやすいよ。」 「分った」 「ねえ石田くん・・・・・・・これは?」 「あ、それはね・・・・・・」 ・・・・・・・・・・これって結局、僕が一人で二人の勉強をみてる事になるな。 考えてみたら、誰かと試験勉強するなんて初めてだ。人に物を教えるのって、思ってたより楽しいかも・・・・・・。 「あっ!」 「え?何?井上さん」 「今の女の子、写メ撮ってたよ?」 写メ? 「井上さんを撮ってたの?」 「ううん」 井上さんが首を振る。 「じゃあ黒崎?」 度胸のある娘だな。 「違うよ?石田くんを撮ってたんだよ?」 僕っ!? ポキッ・・・・・・。 隣の黒崎からシャーペンの芯が折れるような音が聴こえたがそれはどうでもいい。 「なな、何で??」 「ほら、石田くん前に眼鏡雑誌のモデルをした事あったでしょ?結構近隣の学校じゃ知られてるみたいだよ・・・・・あれ?石田くんは知らなかったの?」 「初耳だよ・・・・・・・」 「今流行りの眼鏡男子っていうの?イッシダくん人気者~♪」 「い、井上さん!僕の眼鏡でときめく女子なんていないから!」 「そんな事ないよ~~。少なくとも石田くんの眼鏡にときめいてる男子はいるよ?」 バキッッ!! 僕の驚きを代弁するかのように、黒崎のシャープペンシルが大破した。 いや、驚いたのに、微妙に驚きそこなった気がしないでもない。何で黒崎が動揺する? 「ええと、冗談だよね?」 「え?冗談なんかじゃないよ?他校の3年生だったけど・・・・・・ルックスはかなりカッコ良かった。あの制服は確かN高校じゃなかったかな?」 うちよりずっと偏差値の高い進学校だ。 「あたし、その人に学校の帰りに呼び止められて・・・・・・」 「それは普通に井上さんが好きで呼び止めたんじゃ?」 「違う違う。その人の霊圧は一度もあたしに向かなかったもん。それでね、石田くんの話をする時、霊圧が優しくなるの。あれは相当、惚れてるね!」 井上さん・・・・・嬉々として語ってくれてるけど、嬉しくないから。むしろ引くから。 「そいつ、名前は?」 ・・・・・・・待て!何で君が誰何する黒崎?それは僕の台詞だろう!?・・・・・て言うか!! 「ええ?名前?何ていったかなぁ・・・・・・・」 「いや!井上さん!思い出さなくていいよ!知らないままで終わりたいから!!」 「後で思い出しといてくれ、井上」 「ちょっ!黒崎には関係無いだろ!?」 「関係ねーけど・・・・・・心配なんだよ。お前って結構ボサッとしてっから」 「ボサッと?何だそれは!?君に心配される謂れは無いし?いやそれより、名前を知ってどうすんだ?!」 「脅しとく」 「脅・・・・・・は?何故?井上さんの口に上っただけの人物なのに?まだ何事も起こってないのに?君・・・・・頭がおかしいんじゃないのか?」 「何かあってからじゃ遅いだろ」 黒崎の言葉の意味を理解するのに20秒考えたが徒労に終わった。 そして聞きたくなかったけど嫌だったけど聞いた。 「何かって何だ?」 「襲われたりとか?」 聞いてやっぱり後悔した。 「好き=襲われるというのが分らない。だったら世の男はみんな強姦魔か?女性はみんな被害者か?君も好きな女の子が出来たら襲うのか?」 「・・・・・・・自信はねぇ。」 二の句が継げなかった。本当にどうしたんだ?黒崎・・・・・・・・。 「黒崎くん、好きな人いるんだ?」 井上さんの言葉にはっとした。 彼女の霊圧からは何も測れないが、内心は言葉ほど穏やかではないはずだ。 「好きな奴?まだ分らない・・・・・・・」 それはいると取っても差し支えないのでは? しかしこれは井上さんにも僕にも精神衛生上よろしくないので、話を無理矢理ぶった切った。 「待て!ここへは試験勉強をしにきたんだろう?井上さんはともかく、黒崎、君は著しくヤバい。無駄話してないで、寸暇を惜しんで勉強しろ!」 「俺もそう思ってた所だ。だから明日も教えてくんねえか?」 「何が 『だから』 だ?!どう 『だから』 なんだ!?」 「頼む。マジ、成績落としたくないんだ。石田・・・・・・駄目か?」 確かに黒崎の今の状態は芳しくない。恐らく50番以内に引っ掛かるかどうかって感じだ。 しかし『だから』と言って、何故僕が黒崎の為に時間を割かねばならな・・・・・。 「じゃあ・・・・あたしで良かったら教えようか?黒崎く・・・・」 「いいだろう!教えようじゃないか黒崎一護!」 ほんの何分か前に「好きな子を襲うのか?」と聞かれ「自信が無い」と答えた男だぞ!? こんなのと二人きりになる気かい?井上さん!!もっと自分を大事にしようよ!! しかし何故か心配そうな顔を、彼女に向けられる。 「石田くん・・・・・大丈夫?黒崎くんの言ってる意味、分かってる?」 意味?勉強を教える以外に何かあるの?ないと思うけど・・・・・・・・・。 不安そうに揺れる彼女の瞳を見てると、僕も不安を煽られる。 「なあ、さっきの問題、これでいいのか?」 井上さんの言葉の意味を問い質す前に、黒崎の無遠慮な声が遮り、結局続きは聞けずじまいに終わった。 僕は翌日、それを大いに後悔する事になる。 ◇◆『恋の連立方程式』へ続く→ [4回]PR